ニュージーランドの暮らしと子育て、日々のメモ

30代後半から、2人の子どもと夫婦の4人家族で海外移住しました。現在はニュージーランドのオークランドに住んでいます。

やりたいことが見つからなくても

海外に住んでいると、昔から海外でバリバリ働くのに憧れていたとか、ニュージーランドが大好きで住んでいるというように思われがちです。すごいですねとよく言われます。でも、流されてここまで来ちゃったという感じだったりします。

海外でしかできないことをやっていたり、やりたいことを突き詰めてニュージーランドに来ている人なんかを見かけると、眩しく思います。

 

子どもの将来のためには小さい頃から多様な文化の中で暮らして欲しいと考え、永住権が狙えそうなのはニュージーランドだと思ってきました。まあ、永住権は全然簡単ではないのですが、それでも他の国と比べてまだまだ「狙えそう」なのは事実であったりします。最初は子どもが学校になじめなかったり、手探りでのバイリンガル育児だったりしましたが、就職もして、子どもも大きくなって手がかからなくなり、ふと空いた時間に考えるようになりました。

 

私なんでここにいるんだろう。

ここで何しているんだろう。

 

日本で大好きだった仕事を辞め、ニュージーランドでは専門性が違うので、その仕事につくのは難しいです。今でも発達障害に関する本を、暇な時間に読んだりしています。いつかニュージーランドでもどこでも、また発達障害や、不登校の子どもたちと関われたらなという希望は持っていますが、なかなか難しいと思います。

 

「自分探し」が喧伝され、やりたいことを仕事にしている人が大きく取り上げられていると、私のようにやりたいこともできず、自分もあやふやなまま毎日を過ごしているのが肩身が狭く感じることもあります。近年の心理学では、アイデンティティは一度確立したらそれで終わりではなく、一生かけてそれを問い直し、発展させ、再構築して生涯発達すると言われています。特に私のような40代はアイデンティティの問い直しが始まり、中年期の危機を迎えるともされています。

 

若い頃はそんなもんなんだ、と思っていたこの理論、今読み直すと、ものすごく納得して読めます。やりたいことをやっていても、やっていなくても私はずっと私、と思えることもまた、アイデンティティの確立した状態と言えるのだろうなあと感じています。

 

ところで、長男の学校では何かテーマを決めてグループで調べて発表するというプロジェクト型学習がよく行われています。「人間の体と病気」というテーマで、息子が選んだのは何と、ADHDでした。私の読む本をのぞき込んだり、勝手に読んだり、いろいろ質問したりする長男が興味を持ってくれたようです。なんだかとても報われた気がしました。長男自身も診断はつかない程度ですがADHDの特徴を持っているので、自己理解も深まるのではと期待しています。

 

私はアスペルガー症候群ADHDの子どもにとっては海外留学は一つの選択肢になりうるのではないかという実感を持っています。

・決まった自分のデスクにずっと座っているわけではなく、床に寝転んだり、好きな姿勢で勉強できることが多い

・指示が明確

タブレット学習など、視覚的サポートがあることが多い

・持ち物や提出物が少ないので、忘れ物をする機会がない

・「空気を読む」習慣がないので、「空気を読めない」と非難されることがない

・集団行動が少ない

など、長男にはかなりいい環境で過ごせたのではないかと思います。

 

いつか、海外で育つ子どものアイデンティティの様相と、海外で中年の危機を迎えた人のアイデンティティ再編について、研究してみたいと思っています。